ウェンガーの原点は「ソルジャー・ナイフ」
1893年6月、スイス・ジュラ地方、コートレール村に移住した手工業者4人が、
前身となるナイフ工房「ポール・ベチェット& Cie」
→「ザ・カトラリー・ワークス」を開業。
だが設立後すぐ、財政面での危機に直面する。
1898年、牧師でもあり、アメリカでライターの製造と販売も経験していた、
セオドル(テオ)・ウェンガーが社長に就任。経営を再建する。
1901年、スイス軍にソルジャーナイフの供給開始。
1886年、スイス政府は、兵士すべてに、
統一規格のもとに製造されたナイフの装備を決定した。
しかし、ウェンガー・ナイフ発足当時のスイスには、
オリジナルナイフと呼べるようなものはなく、
ほとんどが、当時、世界最大のナイフ産地であった、
ドイツ・ゾーリンゲン地方の製品のコピー。
スイス軍へのオフィシャル・ナイフ・サプライヤーも、
当初は、やはりゾーリンゲンであった。
当時のスイスには、軍の要求する品質を満たしつつ、
大量生産できるナイフ・メーカーは存在しなかった。
この状況に対し、ウェンガーなどの国内ナイフ工房が、
各地に点在する37の工房を組織し、
スイス政府に対して、国産ナイフの採用を働きかけた。
ウェンガーは、ブレードの改良、ステンレス鋼の採用など、
さらにジュラ地方ならではの精密加工技術を駆使して、
精度の向上・多機能化を押し進め、
ついには、スイス軍のオフィシャル・ナイフ・サプライヤーとして、
ソルジャー・ナイフを供給するまでに至る。
スイス製ソルジャー・ナイフの誕生。
それが1901年。
ウェンガーは、この1本のソルジャー・ナイフをベースとして、
多彩なツールナイフの世界を確立していった。
1902年、社屋をコートレールからドゥレモンに移転。
1907年3月13日、
「ザ・カトラリー・ワークス」の経営者より、
全ての権利がウェンガーに委ねられた。
1908年、社名をウェンガー& Cie SAに変更。社員数150名。
1922年、社名をウェンガーSAに変更。
1963年、世界初、「シンセティック・ハンド」を採用した
キッチンナイフ「スイボー」を発売。
1964年、ポケットナイフのリベットを隠し、現在の形になる。
1993年、ウェンガー・ウォッチをアメリカ国内で販売開始。
同年5月〜10月、100周年を記念し、
ジュラッシアン博物館で歴史的な製品を展示。
「ウェンガー・ナイフ」は、いまや、
“世界一小さな道具箱”と呼ばれ、
あらゆる国の、あらゆる職業の人々に愛用されている。
1997年10月、「ウェンガー・ウォッチ」設立、全世界で販売開始。
70万本販売という驚異的な記録を残す。
「ウェンガー・ウォッチ」は、
唯一スイス国旗を製品に付ける事を許された、
世界最高峰のナイフメーカーであるウェンガーが、
ナイフ制作で培った精密機器の製造技術を応用し、
また兵士が使うオフィシャル・ナイフのサプライヤーとして、
スイス軍とともに1世紀をともにしてきた関係を生かして、
戦場という最も過酷な環境で使用されることを想定して製品開発・製造された、
タフで、高機能・高精度なウォッチ。
2005年4月25日、ビクトリノックス社に吸収合併される。
が、「ウェンガー」ブランドは存続。
ウェンガー・ウォッチは
スイス陸軍のミッション・ウォッチ
現在ウェンガーは、スイス陸軍に様々なタイプのミッション・ウォッチを提供している。
代表するモデルは「コマンド」シリーズ。
「コマンド・クロノ・スペシャル」70724は、
世界最大規模を誇る、スイス陸軍パラシュート部隊山岳軍事演習、
“SMC”(SWISS MOUNTAIN COMMANDO/スイス マウンテン コマンド) の
オフィシャルウォッチ。
さらに、「コマンド・クロノ・スペシャル」70731は、
『海猿』で伊藤英明が着用したモデルでもある。
また、「コマンド・SRC 2008」7089xは、
ウェンガーが過去10年以上にわたって協賛している、スイス軍軍事演習イベント、
『SRC(スイス・レイド・コマンド)』と『PdG(グレーシャー・パトロール)』の記念モデル。
そして言わずと知られた、『70725』
「都知事と同じ(当時)青島です」の、
『踊る大捜査線』、織田裕二演ずる刑事・青島俊作着用モデルとしてあまりにも有名。
それが今回、
ウェンガー日本上陸10周年記念限定モデル
「10周年記念 “70725復刻モデル”」
として、3,000本数量限定で発売されている。
詳しくはWENGER/ウェンガーウォッチ&ナイフでご覧ください。

